○【臓腑雑説 6.腎】
腎は「脊の十四椎の下に着く。腎には両枚有りて、形は?豆(ささげ)の如し。相並びて脊の両傍に曲がり附く。」(明代・張介賓『類経図翼』)とありますから、解剖学的には、現代医学の腎臓と副腎をあわせたものを古代の中国人は腎と認識していたのでしょう。
 腎の一番重要な作用は精を蔵することです。この精は元々は父母の精が合体してできたものです。この精がなければ、人間として誕生することはできません。
このあたりのことを『霊枢』決気篇では、「両神相い搏ち、合して形を成す。常に身に先んじて生じる。是れを精と謂う」と述べています。
まず精が生じ、それによって身体が形成されるのです。この精を先天の精といいます。しかし、この精はわずかなものでしかありませんから、絶えず飲食物から変化した後天の精の供給を受けます。
つまり腎が蔵している精とは父母から受け継いだ先天の精と飲食に来源する後天の精が合わさったものなのです。
この精を腎精といいます。腎が蔵する腎精の中には陰陽(陰を真陰・腎陰腎水、陽を真陽・腎陽・命門の火といったさまざまな言い方をします)が存在しますが、その陰を陽が熱することで、腎精が働きを帯びた時、それを腎気といいます。
 腎気は命門から臍下にある丹田に送られ、そこから三焦というルートによって全身に運ばれていきます。
 腎気は原気とも呼ばれ、身体のありとあらゆる所に運ばれて、その発達と維持に関与していますので、人体を構成し生命活動を発展させ維持する上で不可欠の基本物質ということができます。
 特に五臓六腑は三焦を通じた腎気と津液の供給と、経脈を通じた気血の供給を受けて、各々の精(陰陽)を造り、その精が各臓腑の気となるわけですから、腎気が不足することはとりもなおさず五臓六腑全体の危機をもたらします。
 腎精は腎気となるとともに、髄に変化して、髄の海である脳や髄の府である骨に蓄えられますから、腎は脳や骨と密接な関係があります。

ですから、中医学では脳の病変や骨の病変は、多くの場合、本治としては腎の治療を行います。また腎は青年期になると、天癸という物質を腎精から作り出します。
この天癸によって、男女ともに生殖能力が生じてきますから、腎は生殖とも関わっている臓器ということができます。
このように腎は生命の誕生と発展、生殖能力、疾病に対する抵抗力など生命の根幹と関わる臓器ですから、腎は先天の本と呼ばれます。
 腎自体の作用としては、その他に「水を主どる」、「納気を主どる」といったことを挙げることができます。


「水を主どる」
「水を主どる」とは、腎が体内の水液の調節に関わっていることを示しております。
 具体的には、肺の宣発作用で胸中から全身に運ばれた水液は、それぞれの部位を滋潤した後、肺の粛降作用や腎の吸引力(腎の納気作用)によって腎に回収されます。
 腎はその水液を清濁(必要な部分と不必要な部分)に分け(腎の気化作用)、清の部分は腎の熱気(腎陽)によってまた胸中に戻され水液として再利用されます(腎の蒸騰作用)。
 濁の部分は腎気の推進力によって膀胱に送られ尿となります(腎の推動作用)。
つまり腎は体内の水液代謝の平衡を維持し、尿量を調節する働きをもっているということができます。
ですから、多尿や乏尿といった尿量の病症やむくみといった症状には、腎の気化作用や蒸騰作用の変動が関与していることが多いのです。


「納気を主どる」
つぎは「納気を主どる」作用です。
 腎の納気作用が不要な水液の回収に関与していることはすでに述べましたが、 納気作用は呼吸とも関連します。
つまり呼吸機能は肺が担っているのですが、腎の支えがあって初めて完成された形で行われるのです。
 特に吸気は肺の粛降作用と腎の納気作用の協同作業でなされるわけですから、腎の納気作用が十全に働かなくなると、吸気性の呼吸困難が起こってきます。
 息がうまく吸えなくて呼吸が浅くなったり、吸気性喘息では、腎の治療が優先されます。

 次に腎の属性や他の諸器官との関連について、古典を表題として簡単に記しておきましょう。
 
①「腎は膀胱と合す」
 腎は膀胱と「腎と膀胱は表裏を為す」という密接な関係をもっています。
 腎と膀胱の表裏関係は、一つには腎経と膀胱経の経脈が繋がっていることによります。
 具体的には、腎経と膀胱経の内行経が属絡関係にあることと、外行経では絡脈を通じて両脈の間の脈気がつながっているからです。
もう一つには腎と膀胱の生理活動や病理にはお互いに関連しあう部分があるからです。
 特に膀胱は腎から送られてきた濁(水液の不要な部分)を腎気と膀胱の気で蓄え、一定量を蓄積すると排尿が行われます。ですから、排尿異常の場合、治療の中心は腎と膀胱ということになります。

②「腎は耳に開竅する」
 腎精が充足していれば、聴覚は鋭敏ですが、腎精が不足すると聴覚が低下してきます。
 特に加齢によって、次第に聴覚が衰えてきますから、聴覚の変化で腎気の盛衰の状況を判断することができます。
そのことを『霊枢』脈度篇では「腎気は耳に通じる。腎和せば則ち耳はよく五音を聞く」と記しております。

③「腎は骨を主どる」
 『素問』宣明五気篇に「腎は骨を主どる」とあるように、骨は腎と関連する器官です。
 前述の通り、全身の骨格は腎精が変化した髄が養っていますので、腎精が不足すると、様々な骨格の疾患が起こります。
また歯も骨余といって腎と関連する器官ですから、すぐに虫歯になってしまう人は、中医学では腎気不足と考えます。

④「腎は伎巧を主どる」
 腎気が旺盛であれば、動作が力強くて機敏であり、精神が充実していますが、腎気不足の場合、足腰がだるくて力が入らず、骨は脆く、やる気が起こらず、眩暈や健忘などがおこるとされています。
そのことを『素問』霊蘭秘典論では「腎は作強の官、 伎巧 焉より出ずる」と記しております。

⑤「腎はその華は髪にある」
 髪は「血の余り」と呼ばれ、気血と密接に関係する人体組織なのですが、同時に髪の年齢による変化は腎気の支配をうけております。
 『素問』上古天真論では、そのことを「丈夫 八歳にして腎気実し、髪長く歯更る。・・・六十四歳にして則ち歯と髪は去る」などと述べております。

⑥「恐は腎の志」
いつもびくびくしている「恐」の感情は腎気を消耗させます。また腎気の不足する人はいつもびくびくしています。
 似たような感情に驚きあわてる「驚」がありますが、「驚恐」と一緒にして、腎と関連した感情とする説と「驚」は突然、心神を乱すのだから、心と関連した感情という説があります。

その他にも「腎は唾を為す」とか、「腎は志を蔵す」、「腎は二陰に開竅す」など腎に関する様々な古典の記載がみられますが、紙幅上、省略します。
 腎に対しては様々な人が諸説を繰り広げております。特に先天の本、腎陽の作用を強調した命門学説、生殖と関連する天癸などはその論争の中心に位置するといっていいでしょう。

ですから、上に述べた腎に関する文章は私の個人的見解であることを最後にお断りしておきます。



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